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ベトナム@世界旅行


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 中国同様、前評判のかなり悪いベトナム。さすがに中国のようにはいかないだろうとある程度は覚悟していた。悪いと言っても中国とベトナムでは質が違う。 中国は社会リテラシーや意地悪などが問題と聞いていたが、ベトナムはぼったくりなどお金に絡むことと。先に述べておくと皆さんはできるだけベトナムには行かないことをオススメする


大きな地図で見る

ここはどこだ?バイチャイ(BaiChay)だ

 中国は東興からベトナムのモンカイへ歩いて国境越えを行った僕らだがベトナムの地図は何もない・・・モンカイというこの国境沿いの街からどこへ移動すべきか? もちろん、ハノイ行きバスはあったもののそんな素直な性格じゃぁないので・・・とりあえず、一番近そうなティエンティンという街までバスチケットを買ってみた。 しかしこのティエンティンが意外にもとても小さい街で、あっという間にバスは街を通過してしまった。そしてバスの添乗員に「降りないのか?」と・・・「バスターミナルはない?」と聞くと、「ないよ。じゃあ違う街に行くかい?」 と、言うことでバスターミナルがある街までの追加料金を払った。バスターミナルがあると言うことはそれなりに大きな町でバスターミナル付近に宿があるだろうというのが今までの経験だ。 そして、とある街のバスターミナルに到着。あれ?海が見えますが・・・居場所は不明だった。

²???¥¨¥?¥¢¥¹モンカイ/Mon Cai

 初ぼったくり

 バイチャイの街についたということがなんとかわかった夜,中国での屋台=安くて、旨い の方程式を試すべく、おばちゃん一人でやっている屋台に入ってみた。
中国でもそうだったが値段がないものは常に全て先に値段を確認してから料理を頼む。この屋台でも1皿目、2皿目とやったものの、3皿目はやらなかった。3皿目はどうみても最も安い料理だったからだ。
出てきた料理は全然たいしたことなく、これでこの値段かよと、思うくらい。まあとりあえず、食べきってよその店で食べ直そうとお会計をしたところ、、、、やられてしまった。3皿目は1、2皿を足した値段よりも高いのだ。抗議も虚しく敗戦を舐めることになった。(1、2皿がそれぞれ140円くらいで、3皿目は280円くらい)
気を取り直し、お昼に食べに行ったレストランへ行ってみた。ここは値段もそれほど高くなく、量も多い。
しかし、ここでさらに追い打ちをかけられた。
お昼に頼んだ野菜チャーハンは一人分だったのだが、ここで3〜4人分というのを頼んでみた。ところが出てきたのは一人分。"おいおい、これ一人分だろ"との文句に"いえ、3〜4人分です"とのイカサマ。しかしぼくらはお昼の野菜チャーハンをデジカメにとってあったので、"なら、これ見て見ろよ!"とデジカメの画像を見せるも逆ギレで怒って厨房から出てこなくなった。
散々のぼくらの呼出にも無視。結局、これも敗退。悔しい限りだった。ちなみに値段的には120円も差がない程度。
"それくらいいいじゃん"なんて思った人、アマすぎです。120円で一品頼めるし、やられるとむかつきますよ。それに、この調子に乗っているベトナム人たちを余計調子付けるだけです。
と、1回の夕食で2回もやられました。このあと、夫婦で喧嘩交えての緊急会議。今後の対策の結果として、"二度と負けない"と誓いました。
²???¥¨¥?¥¢¥¹写真ほど綺麗ではない浜辺

 CAT BA島へ行きたい

 ともかくも観光へ行ってみようと、いろいろ情報集めたところまずはCAT BA島というハロン湾一番の大きな島を目指すことに決めた。
ところがこれが簡単には行かない。
島へはフェリーが出ていて5$で行けるとの情報だが、どこでフェリー乗場を聞いてもツアー会社を呼ばれて交渉させられたり、ツアーを紹介されたりと"フェリー乗場"を聞いてるにもかかわらず、お金がかかる方ばかりを紹介される。
しかしなんとか近いものを見つけることができた。
灯台もと暗しで、滞在してる宿のおばちゃんが知合いを紹介してくれた。なぜ最初に聞かなかったかというと、おばちゃんは英語ができないからだ。知合いのおじさんはフェリー代を10$と言ってきた。"いや、5$ときいている。高すぎるよ"というと、"じゃあ、いいよ。おれは手伝えない"とのこと。なんとも強気なのだが、実はフェリー代は値上がりしたらしく、またこのおじさん正直にいってくれて、"3$はおれへの手数料。これ以外は支払いはないよ。ただし、島についたらCAT BAタウンまでへの移動、CAT BA島からの戻りは自分で手配すること。"と、非常に明朗会計だった。話がまとまったのは宿のチェックアウト数時間前で、その日の船出発の数時間前でもあった。
おじさんのおかげで見事、CAT BA島行の船に乗ることができた。フェリーではなかったものの、この船の中で日本留学中のベトナム人と日本人大学生の旅行者に出会い、ベトナムのガイドブックをもらったり、ベトナムについて気をつけることを教わることができた。


²???¥¨¥?¥¢¥¹ ²???¥¨¥?¥¢¥¹ ²???¥¨¥?¥¢¥¹ バイチャイの船着き場。ここからCAT BA島へ向かう
²???¥¨¥?¥¢¥¹

ハロン湾

 ハロン湾は"海の桂林"と呼ばれており、中国の桂林(陽朔)の景色を海の中に見ることができる。また、水上生活者もいて、なんと水上ハウスで犬も飼ったりしてる。(散歩はどうやっているのだろうか???)

²???¥¨¥?¥¢¥¹  ²???¥¨¥?¥¢¥¹ 鍾乳洞は別料金だが、高さのある鍾乳洞で見てよいと思う

²???¥¨¥?¥¢¥¹ これが海の桂林
²???¥¨¥?¥¢¥¹  ²???¥¨¥?¥¢¥¹ 水上生活の家、さすがにインターネットはできないよね?

カットバ島(CAT BA)

 交渉、交渉、交渉、、、、

  CAT BA島は縦に30キロ横に20キロほどあるハロン湾最大の島であり、観光名所の1つだ。僕らは島の北側に着いた。だが、島のメインタウンは南側でありそこまで30キロの山道をどう行くかが問題だ。
通常、この島に来るにはツアーやホテルが手配した乗り物でメインタウンへ向かう。もちろん、それだとかなりの手数料を取られる。メインタウンといっても島にはそれ以外に小さい村が少しあるくらいで、島の北側は船着き場しかない。一斎の建物もない。なにもないと言っても、ローカルバスはあるはずだ。そこで 船着き場の当局の人間に聞いてみるもののローカルバスはないとウソをつく。(ぼくらは17:30くらいに到着したので、もしかしたらほんとにその時間はなかったのかも。。。?)
そんな僕らを待ち構えていたのは、バイクタクシーだ。もちろん、値段はとても高く150000ドン。いくら30キロの山道でもそれはぼりすぎだ。そこに僕らだけでなく、ある欧米人カップルも全く同じように自力で来たらしく、バイクタクシーに詰められている。そこで彼らと共同し、ホテルが手配したバスやツアーバスの運転手に"お前のポケットマネーになるぞ、50000ドンでどうだ?おれたち4人なので合計400000ドンが入るぞ"と、直接交渉にあたってみた。最初は断られたものの、ある運転手がのってきた。
ところが、それを見ていたバイタク連中が許すわけがなく、ベトナム人同士で喧嘩が始まった。
結局、バスの運転手が負けてしまい、一人125000ドンまでつり上げてきた。この時、既に諦めてしまった欧米人カップルは150000ドンのバイタクで街へ向かってしまった。
そこでさらに手を打った。
"バスの運転手が125000ドンと言っている。それより安いバイタクはないか?"と、ふっかけてやった。
²èÁü\¨\ê\¢\¹ バイタク集めて交渉中の僕
案の定、ふたりのバイタクがのってきて、120000ドンときた。さすがにそれ以上は落ちないのでやむなく、120000ドンで交渉成立。高いなクソッと思ったのだが、これが吉と出た。

メインタウンまでの道は思った以上に坂も多く、長かったのだが景色は最高だった。しかも、バイタクのおっちゃんが途中の山々や観光名所を簡単にだがガイドしてくれたおかげで、島の内陸部の国立公園あたりは行く必要がなくなった。そして、ホテルも"6$くらいで綺麗な所をお願い!"と言ったら、ほんとにそんなところに連れていってくれた。高いと思ったバイタク料だったが、内陸部の観光と安宿紹介をしてもらったので非常に助かった。

 シーカヤックでモンキーアイランドへ

 CAT BA島の宿はどこもよい。しかも料理も悪くない。僕らはここに3泊を2つの宿でしたのだが、宿の人たちもとても親切でとてもよいアイランドトリップができた。
宿の人のススメもあり、せっかくなのでシーカヤックでモンキーアイランドへ行ってみた。
イ霖・ィ・・「・ケ 夜のメインタウン。治安はとてもよい
イ霖・ィ・・「・ケ 宿の主人、ホアン君。まだ25歳だがとてもしっかりしている
イ霖・ィ・・「・ケ 夕暮れ。このオーシャンビューで8$
イ霖・ィ・・「・ケ このバーが安くて、信用できるオススメのバー

イ霖・ィ・・「・ケ ツアー開始を待っていると、全然関係ないベトナム人達が突然大喧嘩。皆で見守る
イ霖・ィ・・「・ケ ベトナムティーを無料で飲ましてくれた家の娘さん イ霖・ィ・・「・ケ 通りがかりのおじちゃん。釣れたてらしい
この日は僕ら入れて4人の参加。オーストラリア人の女の子二人とぼくらだ。
「シーカヤックでオーストラリア帰っちゃう?」などとくだらない冗談を言いながらガイドのシーカヤックについてゆく。
イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ 真ん中の小さい穴を抜けてきた

ここがモンキーアイランド。
野生の猿がいる島。ベトナムでは猿は珍しいのだろう。
イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ

イ霖・ィ・・「・ケ

イ霖・ィ・・「・ケ この部屋は6$
ちなみに、CAT BA島ではメインタウンから歩いて10分足らずのところで海水浴も楽しめる。
なぜかベトナム人は服を着たまま海水浴してしまう・・・洗濯も兼ねているのだろうか?
メインタウンから海水浴できる海まではバイタクで5000ドン。もちろん、それ以上の値段をふっかけてくるが、まず間違いなくそこまで落とせる。

CAT BA島からハイフォン(Hai Phong)への戻りは毎日高速船と汚いフェリーが運航している。もちろん値段と到着時間がまるで違うし、何よりも汚いフェリーは沈没するかと思うことが何度か起きる。
波は特に高くないのにえらい船が揺れるし、船内の扇風機が脱落してきたり・・・と、まあかなりのアトラクションが待っている
イ霖・ィ・・「・ケ 自己責任で乗って下さい

 ベトナムを約一ヶ月旅行してあまりにも人々のイメージや話と実際が異なりすぎており、しかもそれによってベトナム人がかなり調子に乗っているように思えるので、
ここはかなり毒舌的であるかもしれないが、僕が得た情報・経験・感想を書きたい。そして、現実的部分を見て欲しい。自分が旅行した場所が、自分が旅行しようとしている場所がいかにイメージと異なるかを知って欲しい。
キレイ事な旅行経験などを言う人がいるが、正直うんざりする。それによってどれくらい彼ら(ベトナム人)が調子付いているか・・・

 食べ物

 ベト飯、ベトナム料理として日本ではいろいろ持てはやされているが、実際の現地の料理はどんなものだろうか?
結論を言う前に僕が訪れたレストランの類を述べておくと、ハノイやサパの屋台レストラン、普通の食堂、ホテルのレストラン、フエの宮廷料理、屋台のホットドック屋さん、欧米人向けのケーキ屋さんや料理屋さんなどである。
では、結論を言うと「まずい!料理が下手!」だ。
よく皆が好むフォーだが、フォーなんてとても食べれたものではない。まず言っておくと、所詮米の麺でありそれ以上ではない。それ以上の料理にはなりえないというポテンシャルの問題がある。まあそれはおいておいても、決定的なものがあってそれは「味の素の大量投入」である。
これはどの店でも同じで、というか、チェとシントー以外には原則「味の素で味付けしている」のがベトナム料理の正体だ。
ひどい時にはサンドイッチにすら入っているのだ。おかげで「味の素をいれないでください」のベトナム語を覚えさせてもらった。
またベトナムといえばニョクマムやパクチーだが、まずほとんど入っていないし使っていない。また、おかしなことに、多くの料理に弱めのニョクマムなりナンプラーが付いて来るのだが、それなしに何にも味がしないのである。
だったら、最初からニョクマム入れて料理をしろよと、何度突っ込みたくなったことか・・・
よく「屋台はおいしいよねー」なんて屋台神話があるのだが、これはひどい。
屋台で出てくるお米は不味い。なぜなら、朝炊いたお米をてきとーに布をかけて保存しているだけなので、お昼時のお米は硬い部分などがざらで、夜になれば石ころ同然だ。
もちろん、回転率の良い屋台であれば2回目に炊いたご飯を夜に期待できる。そしてこのお米保存方法についてはてきとーなレストランや食堂でも同じ。
またおかずだが、味の素大量投入さもなければ佃煮系だ。肉料理は特にひどくて、水牛が牛肉なのだがこれが臭い。豚も時に犬の肉を使っているのでは?と疑うくらい匂いがきついものがある。
鶏肉は比較的良好だ。

次に、料理が下手と断言できる点として、ソースに対する材料の切り方だ。
さっぱりソースにたいして、大切りの野菜。しょうゆソースに酢豚の野菜の切り方。とても商売でやっているレストランが出すものとは思えない。
なぜチンジャオロースの肉・ピーマン・たけのこが皆ほそぎりなのか?なぜ酢豚は大切りなのか?商売で料理をやっているならすぐにわかると思えるのだが・・・

最後に宮廷料理だが、これはなかなか悪くない。
だが、悪くない程度でとても中国の屋台で作られた料理に比べれば勝てない。味の深みがまるで違うのだ。
中国も屋台が多くベトナムの倍以上の数があるのだが、中国は屋台でも全くおいしい。なぜか?
ベトナムと比べて中国の屋台が美味しい理由は簡単で、「無店舗型レストラン」だからだ。(なんか風俗みたいだな)
つまり、ガスタンクや調理場をそのまま、車や荷台でひっぱってきて、外で作っているだけなのだ。
ベトナムの多くの場合、あらかじめ家で作ってきたご飯などを出したり、保存がよいものを持ってきているだけである。
さらに中国では意外にも清潔で屋台のおばちゃんは食べ物を手にする時は手を必ず洗うか、ビニール手袋を使う。(まあ、まな板はどうだか・・・)
ベトナムでは見ていると、手を洗わない人もいる・・・もちろん、洗う人もいるが。

しかし、こんなベトナムでも果物は尋常じゃないほどおいしく、チェやシントーはまず日本では食べれない美味しさだ。
チェなどはあまりのおいしさに毎日食べてしまう。(ハノイにて)

お酒については、ライスワインというのがたまに出される。お米のワインで、日本の焼酎よりも飲みやすく単価も安いので無料で飲ませてもらえることもある。
通常の葡萄のワインももちろんあるが、日本のスーパーで500円程度のワインと同じレベル。DaLatワインというのしかないのだが、うまいわけがない。
おいしい醸造方法を知らないようだし、そもそも彼ら自身が飲まない。よく考えてもらいたいのだが、日本で国産ワインが伸びてきた理由のひとつに自身たちでの消費量がある。
フランス、イタリアしかりだ。(まあ、確かにチリでチリ人が飲んでるとは思えないが・・・が、日本やフランスがかなりバックアップして醸造しているのが事実)
ところが、ベトナム人はワインなど飲まない。飲むのはビール。ライスワインはたまに飲んでいるようだ。
DaLatという銘柄一本でうまいワインを作れるだろうか?(競争できるだろうか?)

 物価は安いが・・・

 確かに物価は安い。
朝ごはんは(バケットの)サンドイッチを40円くらいで食べれるし、激ウマのチェも40円、シントーも同じくらいの値段か65円で楽しめる。
しかし、それはちゃんと交渉してからの話。特にベトナム北部はぼったくり天国だし、パッケージツアーで来る欧米人・日本人もとんでもないくらいぼったくられている。
ぼったくりならまだかわいい。相場さえわかって駆け引きができれば、現地値段にかなり近づけられるからだ。
ひどいのは、最初に安い値段で交渉成立したにもかかわらず、食べた後に「そんな値段は言ってない」とか「お前の食べたのはこれだ」と言って頼んだものと違う高い料理を言ってきたりする。
ブログでも書いたが、タクシーなんてひどいものでメーターついてるからといって安心してはいけない。クラクションを鳴らすたびにメーターが上がるタクシーもあるのだ。
またメーター料金よりも高い額を出さないと下ろしてもらえないなど、詐欺以上のことを平気で誰でもやっているのだ。
他にも、お釣りをごまかしたのを見破って「おい、つり出せよ。たんねえよ」と、指摘すると舌打ちしながらしぶしぶ釣りを出す17才くらいの少女。
水を差すどころ以上のキツイことを言わせてもらうが、ベトナム旅行を楽しかったという人、ベトナムが良い国だという人、少なくても今のベトナムはこういう事になっているのだが、それでも好きなのだろうか?
彼らの一部は日本や観光客を金づるとしか考えていない(これは実際に間接的に聞いた話だ)。
もちろん、日本がどれだけベトナムを支援してきたか(民間レベルでも)・・・
ちなみにビールは65円(10000ドン)で、飲めるし、バイタクは街によるが、外人でも最初の2キロ前後以内は10000ドンで乗車可能だ。
チェは豪華にすれば8000ドン、シントーは10000ドンが相場。街によって若干相場がかわるものの、それが外人値段の相場。ベトナム賞賛派はいくらで飲み食い、移動をしたのだろうか?

 ベトナム人は勤勉、美人が多い

 勤勉の意味を知っているのだろうか?
僕はかつて社会主義国の人間で勤勉だというのを聞いたことがない。シャワーが使えるといいながら、ホースの途中が切れていて直さないを勤勉というのだろうか?
日本だと大騒ぎになるような土砂崩れでもずっと放置されており、土砂崩れの上にさらに道を作ることを勤勉というのだろうか?
ハノイやサイゴンの電線の絡み具合を勤勉の証と考えるべきか?
詐欺まがいのタクシーやレストランも勤勉なのだろうか?
確かにアメリカ・ベトナム戦争から33年後の復帰力はすごいと思うのだが、日本ならもっと躍進できたであろうと思う。
これは個人的意見だが、日本人以外で勤勉だと言い切れる人種を僕は未だ知らない。

美人かどうかは感覚と趣味の問題があるので触れないが、僕はベトナム女性は大嫌いである。
つり銭ごまかして、ばれて舌打ちするような性格の悪さ、道を聞けばタクシーを呼ぶ悪人さ、屋台のおばちゃんは隙あらば値段をごまかそうとする。
幸いもう結婚しているが、仮に独身だとしてもベトナム人女性と結婚することはないと神に誓える。

以上、悪態ついたといえばそれまでだが、もっと現実を見て欲しいと思って書いてみた。
昔のベトナムは違ったようだが、少なくても知っている限りでは数年前からこの状態である。
アメリカ、カンボジア、中国、フランスと何気に戦争では不敗のベトナム。戦争に勝ち続けた事が彼らをこんな風にしてしまったのだろうか?

最後にベトナム人がたまにこういう事を言うらしいので、その時には自信を持って言い返して欲しい。
「お前ら、日本人は金持ちだろうが!金持ってるんだから、外人値段で買うのは当たり前だろ!」と、言ってきたら
「俺達はそれなりの努力をして今の地位を得た。おまらのような怠け者とは違う。金が欲しければもっと働け。日本のようになりたければ、もっと知恵を絞れ。そうやって、金持ちにすがろうとしてるからいつまでも発展途上国のままなんだよ、お前らは」
今の日本の絶大な経済力を気づいてきたおっちゃんたちに感謝です。

ハノイ

 ベトナムの首都ハノイだが、サイゴンを訪れた後に思うこととしては本当の首都はサイゴンだなと感じるくらい、ハノイとサイゴンを比べると人間も経済もビジネススタイルも大きく違う、というか時代遅れ感を感じてしまう。
だが、ハノイ自体の物価は高く宿はまともなところなら10ドルは覚悟しなければならないし、食事も観光客が多いせいか高くしかもおいしいところが少ない。
しかし、ハノイに着たらぜひ行ってもらいたいのが水上人形劇。ベトナムの全てが凝縮されていると言ってよいであろう観光物だ。
ここでの僕らの目的はバスオープンチケットの入手とサパ行き列車チケットを購入すること。そして水上人形劇。


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 バスオープンチケット

 2008年9月においてはハノイからサイゴンまでのバスオープンチケットは寝台で45ドルが最安値と思われる。シンカフェ、キムカフェ、TMなどいろんな旅行会社をあたったが、
どこも頑なに値下げをしてくれない。価格協定があるのかもしくは、ほんとに底値なのか。
唯一値下げしてくれたのは、vietnumseasonstour(VNSEASONTOUR)だ。
もし、ベトナムを南北に旅行するのであればバスオープンチケットで旅行するをおすすめする。
理由としては、1.ベトナム人との値段を駆け引きを移動のたびに行わなくて済む、2.比較的安い、3.他の旅行者と話す機会があるので情報交換が易い、4.宿等でバスがピックアップしてくれるので楽
という点だ。スポット旅行でも街と街の間だけ売っているので旅行会社に相談してよいだろう。値段はさほど下げてはもらえない。

 水上人形劇

 水上人形劇。ネタばれを避けるため具体的な内容は書かないが、(ネタなんてないんだけどね)、
ベトナムのありとあらゆるエッセンスが入ったエンターテイメントであるとだけ言おう。そして、これを見た後、水上人形劇視点でベトナムを見てもらうと僕が言っていることが理解してもらえると思う。
²èÁü¥¨¥ê¥¢¥¹

SAPA(サパ)

 まずサパについて紹介するとサパはベトナム北部の中国国境近くの山岳地帯の街で、XXモン族といういくつかの少数民族が山の斜面に段々畑を作って生活していることで有名な町。
多くの観光客が彼らの生活や衣装を見たり願わくば「ウルルン滞在記」のような体験を夢見て訪れる・・・・
だが、実際にはまさにそれは夢で、ベトナムの悪いところが凝縮したような金の亡者の町というのがぼく結論である。
ちなみにSAPAへ行くには、ハノイからラオカイまで列車で向かう。列車チケットは自前で駅で買うことも、ユースホステルやホテル、旅行会社で手配することもできる。当然、自力で買うほうが安いのだが、いい寝台席は旅行会社にとられているためハード寝台になる可能性が高い。
ラオカイへは早朝つくのだがこれが列車のタイプ(SP1やSP2など・・・)によって変わるらしい。
ラオカイ到着後はサパ行きのワゴン車がご丁寧に客引きしてくれる。もちろん、値段はかなりふっかけてくるので、上手に駆け引きするように。
お勧めはいくつかの客引きを集めて競りにかけること。交渉成立後もおつりの誤魔化しには注意すること。
2008年9月時点での相場は30000ドンだ。
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 競売開始

 サパの街に到着しいざ宿探しを始めると、これが大変である。
宿の呼び込みがあっという間に僕らを囲んだ。10人くらいいて、みんな一様にして「うちに泊まって!うちは5ドル!ホットシャワーにTVがあるの!」と叫んでいる。
10人が10人で無秩序に同じ事を叫びあって、商売になるのだろうか?これだから社会主義の商売人は・・・と、思いつつ、逆に利用できると思えた。
「おいおい、わかった。お前は5$か?、お前も5$?じゃあ、4$で泊めてくれるところ手を上げて!」と競りにかけてみた。
一人の日本語を片言しゃべるおばちゃんが名乗りを上げた。サパの宿がこれで決まった。

 BACH HA(バックハ)へ

 サパへ到着した僕らだが、実は最初に行きたかったのはBACHA(バックハ)だった。
ラオカイ到着日、バックハでは週に一度の少数民族の交流会的な市場が開かれており、ほとんどの少数民族が集うのだ。
嫁さんはかねてからバックハの市場で彼ら少数民族の衣装がみることが目的だったのだが、ラオカイに到着したときにはバックハ行きのバスが既に出発済みで行く手段がなかったため、已む無くサパへ向かうことにしたのだった。
サパとバックハはラオカイから反対方向でしかも両者は200キロくらい離れている。嫁さんにとってバックハ行きはもはや絶望的だった。
しかし、サパからバイタクなどで行けるのでは?とアイデアが浮かび、宿の人に聞いてみるとレンタルバイクで行けるとのことだった。
市場は午後2:00くらいまで。今は10:00。バックハまでは3時間かかるとのことだったので、早急にバイクで向かうことにした。

サパから一度ラオカイに引き返す。サパ・ラオカイ間はアスファルトでほとんど舗装されており、スムーズに山道を降りることができたのだが、ラオカイ・バックハ間がすごかった。
ちょうどラオカイからバックハへの国道に差し掛かったとき、土砂降りの雨が襲ってきた。まあ、土砂降りなどキャンプツーリングしてきた僕らには恐れるに足らず、しかもツーリングで使っているレインコートとブーツカバーで防水は完璧だったのだが、予想外の事が一つあった。
それは、道である。なんとラオカイ・バックハ間はほとんど舗装がされておらず、土砂降りのおかげで道路はただの沼地になっていた。
山道+沼地はかなり過酷でしかも90CCクラスのスーパーカブにタンデムである。

3時間半かかってなんとかバックハに到着した。肝心の市場は雨のせいか人がまばらだがまだ少数民族(花モン族、黒モン族などなど)はウロウロ歩いている。
嫁さんは「写真を一緒にとってよいですか?」のベトナム語を駆使するも、取材NGの返事。
文章でもアピールしてみたが彼らにベトナム語が通じていない感じだ。(しゃべっている言葉もかなり違う言葉に聞こえる)

ともかくもなんとかたどり着いたバックハ。隠し撮りも行いつつ念願はかなった。
ただ、バックハ自体はとても小さい街で宿も少なく食事どころも少ない。またごく普通の市場で売れるのか売れないのか微妙な商品を売っているにすぎない。
日帰りで十分だったと二人とも納得した。

 ああ、なんて小さい商売の仕方だろうか・・・

 BACH HAから戻った夜、ホテル近くの食堂に訪れてみた。
サパでの最初の食事である。
いつものように値段と内容を確認しつつ料理を頼む。
出てきた料理はベトナムにしてはなかなかの味付けで、店員の男性もとても感じが良く親切丁寧だ。
しかもその店員男性、ライスワインを持ってきて無料で振舞ってくれた。いくらなんでもこの国で無料で何かを振舞うなど信じがたいので、再三「これ無料で飲んでよいの?」と聞くと、「ええ。自家製だし、なかなか飲む機会も少ないだろうからぜひ飲んでみて。」
とのこと。そのうち、その店員男性は仕事が終わりなのか、「じゃあ、ぼくはこれで!ちょっとコレに行って来ます。またきてください」と、ビールを飲むジェスチャーをし、他の店員男性らしき男たちと出て行ってしまった。
それにしても、フレンドリー!おお、この国に来て初めての経験だ!と、ルンルン気分でお会計に望むと・・・
合計額が違った。
既にさっきライスワインを振舞ってくれた男性店員はいないので、違う若い店員を呼び出す。
「値段が違うよ。これ、40000ドンだろ。なんで60000ドンってつけてるんだ」と、指摘。
20000ドンの差、日本円にして170円だ。
と、なんで指摘を受けているのかよくわかっていない様子の若い店員は、調理場へむかった。
すると調理場から女の店員が出てきてこう言う「いえ、あなたの頼んだのは豚料理。豚料理は60000ドン!」
「はあ?レシートよく見ろよ、鳥料理って書いてあるじゃねえか!」と僕が言うと
「いや、私は豚料理を作った!」と反論、
そこで嫁さんがお皿の食べ残しの鳥肉を拾い「ほら、みなさいよ!コレ、鶏肉でしょ!」と反論
さらにぼくが「しかもさ、豚料理って50000ドンじゃん。そもそも違うだろお前」と指摘すると、他の若い店員が苦笑している。
さすがにここまで物的証拠そろえられると、女店員、すぐに敗退。ぼくらの完勝である。
もちろん、二度とこの店を訪れなかったことは言うまでもない。余計なことしなければ、リピートしたのに・・・なんと、小さい商売の仕方だろうか

 やはり屋台は・・・

  翌朝、ぼくらはSAPA市場の屋台に行ってみた。ここで朝食を食べてみようという腹だ。朝食後はレンタルバイクでSAPA周辺を探索する予定だ。
気の良さそうな年配女性の屋台を訪れてみた。料理はフォー。既にフォーは食べ飽きたと言うか、おいしくないので嫌ではあったが他に食べるものもないのでやむえない選択だ。
まずは値段確認「これいくらですか?」
「10000ドン」と答える。
「ということは、二人で20000ドンだよね?」と、念のため再度確認、うなずく屋台の女主人。
数分後にフォーが2つ出てきた。
しかしすぐには口につけなかった。なぜなら、今までの感でなんか怪しいと思ったからだ。
そこで、「これ、ふたつで20000ドンだよね?」と再度確認。
すると、「いや、ふたつで40000ドンだよ」と勘が的中。
「はあ?さっき20000ドンって言ったじゃん」
「いや、それはこの野菜のフォー。あんたたちのは鶏肉のフォー。鶏肉は1つ20000ドン」
「おいおい、おれたちは鶏肉のフォーを指差して値段を聞いてんだぜ。何言ってんだよ、お前のミスだろが」
「とにかく40000ドン払ってもらうよ」
と、さすがベトナムとしか言いようのないような汚さ。しかし、こんなのは楽勝だと思った。
すかさず、英語から日本語に切り替えて、嫁さんと二人で「イーンチキ!イーンチキ!」と合唱!
そして「じゃあさ、20000ドンでもよいからさ、これ1つ返品ね。まだ手をつけていないからいいだろ」
と言うと、かなりまいった顔して「返品はできないよ。だいたい作ったものをどうしたらよいのさ!」
「お前が食べれろ!ほら、早く食えよ。返品だよ返品。早くお前が食えばいいだろ」
これで勝ちは決まった。結局1皿20000ドンは払ったものの、返品したフォーはゴミ箱へ。
心理的には完勝である。
SAPA市場
画像エリアス  画像エリアス  画像エリアス 

 SAPAの綺麗な景色

  前述のとおり、お金には汚いSAPAの街も景色は最高だ。
レンタルバイクで地元の人の勧めで南へ走ってみた。南へ25キロ行った集落がとても景色がよいし、途中の道もとても綺麗だという。
画像エリアス  画像エリアス  画像エリアス  画像エリアス
ガードレールもなくすぐに崖だが、ベトナム山岳地帯の美しい風景

画像エリアス  画像エリアス  画像エリアス少数民族の家々

画像エリアス  画像エリアス所々に岩から雨水が噴出し滝になっている

画像エリアスここはかなり深い滝つぼを走らなければならない

画像エリアス  画像エリアス  画像エリアス独特の景観は目を楽しませてくれる

画像エリアス崖崩れ後をそのまま道にしている。すごいな・・・

画像エリアスいけどもいけどもこの景色。なので20キロもいかずに引き返してきました

画像エリアス今回の愛馬はこれ。ベトナムで最も普及しているホンダのスーパーカブ

 フリーマーケット開始!

  SAPAでは多くの少数民族の女性が観光客相手に物売りをしている。ちょっと気を許せばあっという間に10人くらいに囲まれて、弱い観光客なら1つや2つは買わされるだろう。
彼女たちの決まり文句は「Buy For Me」だ。なんと押し付けがましい台詞だろうか。社会主義市民の考え方が鮮明に現れていると思わないだろうか?日本や資本主義社会では「Buy For You」であり、いかにこの商品がお前のためによいかを宣伝する。
さてそんな社会主義市民に資本主義のやり方を見せ付けてやろうと、僕ら夫婦が企画したのは「勝手にフリーマーケット」だ。
SAPAの夜街には適度に外灯もあり屋台のお店がずらりと並んでいる。ビールを飲む人もいれば食事する人、いろんな屋台があり相変わらず少数民族の女性も物売りをしている。
そんな街の一角にある公園の入り口に僕らはレジャーシートを広げて陣取った。
手持ちのMP3プレイヤーとコンパクト折りたたみ式スピーカーで音楽をかけて目立ってみた。
僕らの商品は嫁さんのTシャツ、歌舞伎座のハンカチ、ぼくのジーパン、お財布など計7点くらい。
いざスタート!(もちろん、Buy For Me連呼)と、なんとあっという間に人だかりになってしまった。
もちろん、やれらたらやり返す式のぼくなので値段はふっかけてやったがまあまあよい値段で商談成立。
始まって30分もしないうちにぼくのジーパン以外は完売してしまった・・・さ、さすが日本人!?
しかし一番注目度を浴びたのはコンパクト折りたたみ式スピーカーとMP3プレイヤーだ。男のお客はみなまずそれを値段聞いてくる。
「日本で買うといくらするんだ?」「おれの服全部と交換してくれ」「この携帯と交換してくれ」と欲しくてたまらないらしい。

ジーパンはさすがにうれなかった。そもそも身長175pあるベトナム人がいない・・・
SAPAの街ではパーフェクト勝利と言ってよいだろう

 クロモン族の物売りになる

  翌日、LaoCai(ラオカイ)からHanoi(ハノイ)行きの夜行列車出発までの待ち時間をサパですごした。といっても、普通に過ごすのはもったない・・・
ので、クロモン族の物売りをやってみることにした。
ちょうど、物売りに来たクロモン族のヨウさん(40歳)の籠を借りてクロモン族に物売りをしてみることにした
イ霖・ィ・・「・ケクロモン族にクロモン族の商品を売りつける
イ霖・ィ・・「・ケヨウさんと記念撮影
と、こんなことして逆に嫌がれるかなぁと思ったら、むしろ逆でヨウさん、最後にぼくらにブレスレットをプレゼントしてくれた。ありがとー!

ホー・チ・ミンさんの家

  せっかくなのでベトナムの革命家、ホー・チ・ミンさんの家に行ってみた。
ところが、行くまでがまたベトナム。
バイタクとホー・チ・ミン廟までを交渉、向こうの言い値は4000ドンだが、交渉結果、宿から2000ドンで行くことで了解をとった。
しかし、ホー・チ・ミン廟手前で「ここがホー・チ・ミン博物館。廟までは歩いてすぐ」と違う博物館に連れて来た。
地理がよくわからないことを利用し、汚い手を使ってきたのだ。だが、僕らはよく場所がわからないので降りてしまった。
次見かけたらバイクを倒してやる!くそおやじめ!

ホー・チ・ミン廟
イ霖・ィ・・「・ケ 残念ながら修理中でお休み

ホー・チ・ミンさんの家
イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ

フエ(Hue)

  サパからハノイに戻った僕らはそのままハノイで泊まることなく夜行バスで一気にフエに向かった。
 古都フエは日本で言う京都的存在だろうか?残っているグエン朝の遺跡は世界遺産に登録されており、とてもすばらしい。
またフエはベトナム中央に位置し、ベトナム戦争時代には国境を争うための激戦地でもあった。
フエでは人生初の「日本人宿」に宿泊してみた。日本人宿とは、マンガや日本の小説がおいてありスタッフが日本語をある程度しゃべることができ、日本人がたくさん泊まっているのだ。
ここフエでは日本人宿は複数あり、その中のひとつ「ビンジュオンI」に泊まってみることにした。
さすが日本人宿。スタッフの気遣いや親切心、宿の綺麗さは日本人好みである。
また時期的なせいで大学生が多く宿泊しており、さっそく夜は宴会をはじめた。
その中でタイに在住の女性と仲良くしてもらうことができた。ちょうど僕らは今後タイに向かうのでいろいろ情報をもらえて非常に助かった。

 偶然だが、フエは到着した日から3日間、お祭りがあるということで夜の街はにぎやかだった。
イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ

 一触即発

  フエについた直後である。
バスはフエの「ここ泊まれ宿」(旅行会社が提携しているホテル。バスは通常こういった所に泊り客をそのまま泊めようとする)に到着、バスを降りた瞬間、突然嫁さんが騒ぎはじめた「ない!ない!」。なんと貴重品を入れているウエストバックをどこかに忘れたらしい。
バスはフエ到着の2時間前にとある路上のレストランで朝食をとった。そこに忘れたのだ。
さっそく、「ここ泊まれ宿」の英語がしゃべれる人を探し、乗ってきたバスの運転手に通訳してもらう。もちろん、この悪どいベトナムで落し物など戻ってくるわけがない。あっても中身は抜かれているだろう。その時の対応も考えつつ、「さっき止まったレストランの住所わかる?」と聞いてみたが、話がまるで通じない。
すると通訳してくれた宿のおじさんは旅行会社に電話してみてはどうかと、素敵な提案。電話してもらうと、「とりあえず、旅行会社に行ってみよう。住所がわかる可能性がある!」と、宿のおじさん、意外にもすごい親切。
さっそくおじさんのバイクで旅行会社へ行ってみた。(もちろん、このバイクで旅行会社往復分も値段交渉である。面倒な国・・・・)

旅行会社は比較的近くだった。
オフィスにはカウンターがありカウンターには、女の人と年配のおじさんが座っており、カウンターの前には4席中、3席を若いベトナム人男性が占めていた。
「すみません、ウエストバックをここに来る2時間前に立ち寄ったレストランに忘れたんで、住所教えてもらえる?」
女スタッフ「どこからきたの?」 ぼく「は?どこ??ハノイから」 女スタッフ「いや、国よ、あんたの」 
この女スタッフ、なんだか態度が悪い。それに人が困っているのに「国」は関係ないだろと思っていると・・・とりあえず、「日本から来た」と答えた。
ぼく「ともかくも、住所教えてくれない?とりにいくから。」
女スタッフ「その必要はないよ。50000ドン払えばよいの(300円と言っても、2皿頼める金額)」と相変わらずの態度と意味不明の内容。
ぼく「はぁ?50000ドン?なんだそれ???ともかくも、住所か電話番号教えてくれ」
女スタッフ「バックはあるわよ。50000ドン払いなさい」すると、カウンターに座っていたベトナム人男性も「50000ドンだよ、50000ドン!」と、言ってきた。
まったく意味不明である・・・と、思ったところで女スタッフが忘れたウエストバックを机の引き出しから出してきた。「これでしょ?返してほしければ、保管料として50000ドン払いなさい」。
どうやら運転手がカバンを忘れ物をレストランスタッフから受け取ったのだが、旅行会社に届けたらしい。そして旅行会社のこの対応である。
もちろん、この僕がこれに素直に払うわけがない、どころか、激怒したのも言うまではない。
「はぁ???てめー何いってるんだ?あぁ???」(ここからは日本語でしゃべってました)
ぼく「おい、どういう意味か言ってみろよ、あぁ???」
すると、他の若いベトナム人が「50000ドン払うんだよ」となめた口調で言ってきた。
このセリフが火にガソリンを注いだのは言うまでもない。一瞬で次にやるべき行動をイメージした。
まず、カウンターにある1席余ったイスを壁に投げつけ、すぐに一番手前の男に前蹴り。二人目は一人目の前蹴りに巻き込まれるはずだから、そのまま放置し、1歩、歩み寄ったところで3人目に顔面にまわし蹴り。カウンタにすかさず上り女スタッフの顔面にひざ。
すぐにカウンターの余ったイスを手に取ったが、一部始終をじっと見ていたカウンターの中にいた年配のおじさんが「もう、いいかげんにしな!」と、ベトナム人たちを叱責。
年配のおじさん「バッグ、はやく返してやれ。(ぼくにむかって)50000ドンは払う必要はない。中身を確認して。どう?全部あるか?」
おじさん、間違いなく僕が暴れ始める殺気を感じ取ったようだった。
ぼく「うん、ある」 年配のおじさん「じゃあ、それでOKね。」
旅行会社の入り口で待っててくれた宿のおじさんは、「あっぶねぇー。」と言う表情で「よかったね。あって」と、なごましてくれた。
正直、できれば一発暴れてやりたかった。ベトナム人に対しては一度痛めにあわせてやりたかったから、残念である。
まあともかくも、宿のおじさんの手伝いで無事ウエストバッグを取り返すことができた。

 王宮へ

  さっそくレンタルバイクで王宮に行ってみた。
イ霖・ィ・・「・ケ なんと途中でバイクがパンク!でもぼったくりなく修理してもらえた

 かなり広く、1日かけて見ることができます。
イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ ここは撮影禁止。隠し撮りです

イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ

イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ 

イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ

イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ 

名前は忘れたが、無料でいけるお寺。見ごたえはまあまあかなぁ。
イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ

 宮廷料理

  フエにきたら話の種に食べてみたかったのが宮廷料理。料理がへたくそなベトナムがどこまでおいしいものを作れるのか!?
さすがに宮廷料理には味の素は入っていないよね?

イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ 彩りは鮮やか。味はベトナムにしてはおいしい程度

イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ

ここらへんから微妙・・・
イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ

下は7ドルから上は25ドル。僕らは10ドルのを食べてみた。

イ霖・ィ・・「・ケ どっかの外人はお金出して宮廷衣装で食事

イ霖・ィ・・「・ケ 最後はプリン。これは悪くなかった

お店はこんな感じで雰囲気はとてもよい。
イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ

 ラオスへビザリセット

  フエからラオスへのビザリセットの方法は、ローカルバスを乗り継いでLaoBao(ラオバオ)に行くか、レンタルバイクで行くかです。どちらのほうが安いかというと、ぎりぎりレンタルバイクかもしれません。
「ぎりぎり」というのは、ローカルバスで行く方法を使って現地人値段でバスに乗れたとしてもレンタルバイクとガソリン代を含め安いという意味で、必ずしも現地人値段でバスに乗れると思わないでください。
で、僕は嫁さんと二人なのでレンタルバイクで3時間半かけて国境までツーリングしました。
バイクは6ドルのYAMAHAのオートマを借りることをお勧めします。2ドルでカブが借りれますが非力なので4時間くらいかかってしまうかもしれません。また、宿の人には国境に行くことを話しても、レンタルバイク屋には内緒で行きましょう。でないと貸してもらえないかもしれません。
道は簡単です。できれば、フエについたらビンジュオンIに泊まり、そこの情報ノートを参考にしてください。またローカルバス乗り継ぎでいく場合にも情報ノートに詳細があります。
バイクで行くにあたって必ず、レインコートを忘れないことです。晴天でも突然土砂ぶります。また国境は荷物チェックも何もありません。ただパスポートを提示するだけ。賄賂もありません。
天気がよければ景色は最高なのでレンタルバイクでのビザリセットをお勧めします。
ラオス側にはスタンドも食事所もないので全てラオバオ側ですませましょう。また、スピード違反には気をつけてください。Laobao近くの山道は意外にもベトナムポリスが張ってます。

イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ バイク乗りにはたまらない景色が待っている!

イ霖・ィ・・「・ケ 田舎の家 イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ 今回の愛馬はこれ。初めてのデカスクでした

綺麗で過ごし易い街・HoiAn(ホイアン)

  元々、フランスや日本の植民地であったHoiAn。そのためか、独特の町並みが今もまだ残り観光客を楽しませてくれる。そして、この街の一番よいところは、ベトナム人の悪いところがあまりなく皆まっとうな人間だということ。
HueからHoiAnまではバスで3、4時間程度だが、バスの中でけんくん、ようくんの二人の大学生と知り合いになった。カメラに強いけんくんには写真の撮り方をかなり教わったので、これ以降はワンランク上の写真の撮り方になったのでは?と自負できる。
イ霖・ィ・・「・ケ イ霖・ィ・・「・ケ イ霖・ィ・・「・ケ ホイアンの町並み。でも夜がすごいんです!

イ霖・ィ・・「・ケ レンタルチャリで海まで30分くらい イ霖・ィ・・「・ケ イ霖・ィ・・「・ケ

 珍しくベトナム人とふれあい!

  バスは街に夕方到着、さっそく4人で食事に向かった。
街には出島みたいなのが川を挟んで存在するのだが、その出島のはずれにあるレストランに行ってみた。
これが当りで、ベトナム来て以来はじめて「おいしい!」と言える料理を出してもらった。
また、レストランは家族経営なのだが店員の20歳の娘さんはとても綺麗でモデルみたい。お父さんは親日的で明るく気さく。
持参した僕らのワインを勧めたら、みんなで宴会!楽しい夕食を過ごすことができた。

イ霖・ィ・・「・ケ 家族と記念撮影。残念ながら肝心の娘さんの顔が映っていない!オレンジ色のシャツを着た子です。これ写真撮ったのけんくんだよねー???

 キングコング!

  夕食を終えた僕らはそれぞれの宿へ向かって歩こうとした。ちょうど分かれる交差点で、「じゃあ、また明日!」と挨拶したときだった。
バイクで若いベトナム人が走ってきて、「みんな、キングコングカフェに行こう!10時から11時はラムが無料だよ!」
もちろん、こんな怪しい話乗るわけがないが彼はちゃんとフライヤーも持ってて、いろいろ説明してくれた。送迎無料だが、11時以降は有料。
行ってみた。

連れて行かれた場所はさきほど夕食を食べていたレストランの近く(つまりちょっと中心からは遠い)で、欧米人がたくさんいる。
聞くとほんとに無料らしい。
さっそくガバガバ飲みはじめた。
イ霖・ィ・・「・ケ

イ霖・ィ・・「・ケ
となりの席のイングランド人たち。彼らはメールでやりとりしてホイアンに集まったらしい。みんなで盛り上がる。

イ霖・ィ・・「・ケ
最後はビリヤード台をお立ち台にして、DISCO!!!

次の日はちょっと二日酔いになってしまった・・・・。

 ホイアンの夜景

 とても絵になるホイアンの夜景。
ここは説明はともかくも見て楽しんでもらえれば幸い。

イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ 

イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ 

ここはセピアで撮ってみました。
イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ

 MySon(ミーソン遺跡)

 ミーソン遺跡はベトナムにあるクメール遺跡の一つ。クメール遺跡というと日本人には馴染みが薄いが、俗に言うアンコール・ワット系遺跡だ。
なので、ヒンズー教の神様や動物が遺跡建物や像に彫られている。
ミーソン遺跡ツアーへ行くのなら、バス+ボートの組み合わせをお勧めしたい。値段はもちろん、若干高いがランチ+お水が付き、XXという村に立ち寄って観光させてくれるからである。

イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  ツアーのため観光客が多いが、遺跡自体はとても立派なものだ。

イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ

ボートツアーはメコン川をホイアンへ向かって遡る。途中、小さい村に立寄る。
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イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  木でテーブルや仏像などを作る職人の村。こんな船も作っている。すごい!

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ツアー終了後はホイアンの旧市街地へ川から上陸して解散である。今回の僕らのガイドのおじさんはとてもガイド力がありとても上手だった。

NhaTrang(ニャチャン)

  かつてママハンツアーで有名だったこの街も当局の摘発で、普通のビーチリゾートに。
この街では普通にのんびり過ごしたのだが、ここにきて僕は既にベトナムに飽きていたし、早く出たかった。
なぜなら、ベトナム人とのお金のやり取りの面倒くささや料理がおいしくなくてつまらないことなどが主な原因だ。
毎回味の素に警戒しながら料理を頼むのもかなり面倒だ。

イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ 町並みと海岸。

 ポナガール塔(PhoNagarl)

  ニャチャンの北にあるクメール系遺跡。ここへは宿でレンタルバイクをしていくことをお勧めする。半日借りれば十分だ。
街からはすぐ。

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イ霖・ィ・・「・ケ 建物はヒンズーだが中はブッタ

イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ

 ボートツアー(ママハンツアーもどき)

  ボートツアーは観光のベトナム人も含めた、オーストラリア、香港、フィリピン、フランス、ブラジルなどなど多国籍集団でのツアー。なぜかアメリカ人だけがいなかった・・・(戦争の後ろめたさで来ないのだろうか?)
ツアーではワインが飲み放題というものの、ワインライスが一人4杯くらいだが泳ぎながら飲むのでなかなか楽しい。
それほど高くはないので参加してみる価値はある。なお、ツアー会社によって2ドル程度値段が異なる。

イ霖・ィ・・「・ケ 船に乗り込む!

まずはシュノーケリング。
イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ
意外にも海の透明度はそれほど悪くない(まあ父島には到底勝てないが)。しかも、枝サンゴなどもたくさん生息しており、エンゼルフィッシュもいる。
しかしとても残念なことに、ゴミ袋が多い。それがなければ・・・。

イ霖・ィ・・「・ケ ランチは意外と量が多い

食後はパーティータイム。
皆でダンス+カラオケ+バンド!
イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ

そしてメインのフローティングバー。
海賊みたいな船長が自ら浮き輪で海に浮かび、お酒をサービスしてくれる。
飲みたければ、海に飛び込み彼ところまで泳がなければならない。
これはかなり盛り上がった。
イ霖・ィ・・「・ケ

 泥温泉(ThacBa)

  ニャチャンでもう一つの楽しみは久しぶりの温泉!といっても、泥温泉です。
ザックバへはレンタルバイク(半日)で行くことができる。ポナガール塔から20メートルくらい国道を走ったところに左側にMineralWaterの看板が出ており、狭い道路のわりにはなぜかタクシーや観光バスが入ってゆくのでわかるはず。
ただし、ザックバへは午後いちで行くことをお勧めします。夕方には地元のベトナム人などが集まるようで混雑している。
コースは80000ドンか100000ドンなどあり、80000ドンで泥温泉に入れる。
また泥温泉の料金で併設されているプールにも入れるが、温泉でせっかく体がよくなったのに塩素系プールに入るのには・・・・ねぇ。

サイゴン・ホーチミンシティー(Saigon)

  ついに最後の街に到着しました。
サイゴンに着いた頃には、既にベトナム旅行は飽き飽きしててはやくカンボジアに移動したかった。
イ霖・ィ・・「・ケ 

 戦争博物館

  これが戦争である。これが人間のやる事である。
こういったモノも目をそむけずに見て欲しいし、見るチャンスを手にしたのなら見るべきであろうと思う。

イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ  イ霖・ィ・・「・ケ
残念ながら、写真はこの程度。
ポルマリン漬の枯葉剤による奇形児などはとても撮ることはできなかった。
他にも、米兵が腕だけとなった死体を持つ写真、べとちゃんどくちゃんなどなど・・・この戦争でアメリカはラオスにも空爆を行っているし、この戦争でアメリカは新型地雷や新型爆弾を多く発明した。また、目を背けたくなるようなとても信じがたい拷問方法についても展示されている
イ霖・ィ・・「・ケ 囚人の模型は生々しい

 メコンデルタツアー

 ベトナム最後の観光はメコンデルタツアー。そういえば、この旅初めてのごくごく普通に観光バスに乗ってのツアーに参加。

ฒ่มฅจฅ๊ฅขฅน 途中の休憩所にて。とてもよく撮れたと思う!

まずは大きなボートに乗ってメコン川をさかのぼる。
ฒ่มฅจฅ๊ฅขฅน  ฒ่มฅจฅ๊ฅขฅน  ฒ่มฅจฅ๊ฅขฅน 

そして小さいボートに乗り換えてさらに小さな支流をさかのぼる。リアルジャングルクルーズです。なかなか楽しい!
ฒ่มฅจฅ๊ฅขฅน  ฒ่มฅจฅ๊ฅขฅน  ฒ่มฅจฅ๊ฅขฅน 

そして、バンドショー。メコンデルタの人々は純粋なベトナム人ではなく、独特の文化を持つそうだ。その音楽。
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そして馬車で次の場所へ。
せっかくなのでモンゴルで鍛えた馬の扱いということで、モンゴルで馬を走らせるときは腹式呼吸で「チョッーぉーーー!」というのを、ベトナムの馬にもやってみたら、まじで加速しました!馬車の御者もびっくり!
ฒ่มฅจฅ๊ฅขฅน  ฒ่มฅจฅ๊ฅขฅน 

連れて行かれたのは蜂蜜工場。この蜂蜜が極上にうまい!そしてサービスでニシキヘビと遊べます。最初は怖かったがなれると・・・
ฒ่มฅจฅ๊ฅขฅน
こんなこともできてしまう・・・

そしてさらにボートでメコン川を移動。二人のベトナム人が漕ぐのだが僕らのは一人ベトナム人が足りなかったので、ぼくがこぎました。
ฒ่มฅจฅ๊ฅขฅน  ฒ่มฅจฅ๊ฅขฅน 

次に連れて行かれたのが、飴玉工場。
ฒ่มฅจฅ๊ฅขฅน ฒ่มฅจฅ๊ฅขฅน
工場といっても、ベトナム女性達が手作業しているだけです。すごいな・・・

そして、サイゴンからカンボジアはプノンペンにはバスで移動しました。カンボジア・・・今回の旅で最初の負の遺産が待つ場所。
しかし、その負の遺産を見る前に衝撃的なものを目にした。

イ霖・ィ・・「・ケ お気に入りの一枚
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