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サンタモニカ再び・・・ある告白

 


ついに僕のアメリカ・メキシコの旅も終わりに近づいてきた
最初の場所でもあり最終の場所でもあるSantaMonicaに戻ってきた。
僕は最初に泊まったユースホステルに行き手続きをして荷物を置いて,すぐにベニスビーチへ向かった。

 ベニスビーチはサンタモニカの南の部分のビーチを指す。そこは日曜日になると毎週のようにお祭り騒ぎをしている。綺麗な砂浜が広がり,砂浜沿いにはランニングできる道がずっと続いておりその道に沿ってたくさんの露店が並んでいる。ランニングロードはローラーブレードで走っている人や水着のような格好で走っている人などさまざまで,とても11月とは思えない風景だ。露店も飲み物,食べ物からマッサージの露店,占いの露店,黒人二人が漫才をやっていたりといった感じだ。
 ランニングロードを歩いてゆくと,ビーチで10人くらいのパーカッションを持った人たちが丸く輪になってセッションを行っていた。
それはとても楽しそうだったので、僕もその人たちの周りに座って聞いていた。
すると,いつのまにか1人のメキシコ人のおばさんと黒人の男の人がその輪の真中で踊り始めた。そして、パーカッションの人たちもどんどん増えて20人くらいになり,踊る人も増え始めた。
 当然そんなのを見て参加しないわけは行かない。
 さっそく僕もその輪の真中で踊り始めた。どうやらお互いに見知らぬ人々だったようだが,すぐにみんな知り合いになった。すると僕らのパーカッションの輪の周りには数十人の人々が見物していた。その中には参加したそうな顔をしたやつもいた。
 眼鏡をかけた僕より少し背の低い白人のやつとその隣にいたそいつと同じくらいの白人の女の子が参加したそうな顔をしていたので,手を引っ張って輪の中に入れてやった。二人はどうやら見知らぬ人同士だったようだ。(僕はてっきりカップルだと思っていた)また,彼らは普段はこういうことはしないようで踊り方が何処となく不自然だった。
 気づくともう夜だった。
酒を持っていたやつはみんなに配りだし,一番最初に踊っていた黒人のやつはマリファナを持っていたらしく,僕に何本かくれた。そしてそれを僕は他のやつに分け,もうみんなのテンションはどんどん高まっていた。
そして、海からヘリコプターが低空飛行でやってきて僕らをサーチライトで照らして盛り上げた。そうなると僕らのテンションはさらに高まる。
 そしてそのマリファナをくれた黒人のやつが「ラストセッションだぁ!」と叫び,パーカッションのやつら,踊っているやつらもみんな「オー!!」と叫びパーカッションのボリュームとスピードが高まり、もうこれ以上ないといったところでパーカッションの音が一気に収まった。そして踊っている連中も動きを止めて,歓声と拍手が鳴り響いた。気づくと,おっさんやおばさん黒人や白人,日本人ん(僕だけだったが),いろんな人が踊っていた。僕には音楽1つで年齢も文化も人種も違う人たちが1つになって楽しむ事ができた事にとても感動した。
 
 みんな「じゃあ!またね!」とそれぞれ声をかけておのおの去っていった。僕はランニングロードをユースホステルの方へ戻っていった。もう既に夜の9:00ごろだったようだ。
さっき踊っていたビーチから離れてすぐ,後ろから誰かが僕の事を呼んでいる。ふと振り返ると,さっき踊りに加えた僕よりちょっと背が低い眼鏡をかけた白人のやつだった。「おお,さっきの人!」と僕は返事をした。
「なぁ,君は何処へ行くんだ?」 「僕は旅行者なんで,この先にあるユースホステルへ戻るんだよ。ユースに泊まってるんだ。」 
「そうか。何処からきたんだ?」「日本人だよ。君はサンタモニカにすんでいる人?」
「いやサンタモニカではないよ。パサディナさ。でもアメリカ人じゃないんだ。」「ほんと?」
「ああ,僕はイタリア人だよ。」と僕らはユースホステルの方へ戻りながら話した。
「なあ、りょう。よかったら今から食事に行かないか?まだなんだろう?」
「うんまだだけど、でもいいよ。もうお金もないし。」
「いいって。お金は。奢るから。」と彼は食事に誘ってくれた。見た目はひ弱そうなやつだが、お金は持ってそうだったので日本人だからと言ってお金目当てに襲ってくるような感じはなかった。彼の名前は確かマリオと言った。マリオの車はランドクルーザーみたいなやつだったので、『まぁ,金目当てではなさそうだな。あるとしたらゲイくらいか?』と軽く考え,彼の申し出を受ける事にした。
「でもさ、何処へゆく?」と僕が質問すると、
「そうだな。むしろりょうは何を食べたい?」 「う〜ん、そうかマリオがイタリア人ならイタリアンでどう?」 「いいよ。うちの近くにいいところがあるよ。」
と、彼の住むパサディナの方へ行く事にした。

 パサディナはLosAngelsでは北の方に位置する町でサンタモニカからは車で1時間くらいのところだ。 一応観光できる所はあるようだが,それは日本に戻ってから知った。「家と言うか、僕は下宿しているよ。他に下宿の人がもう1人いる。それと犬も一匹飼っているよ。」とマリオは言った。「家に一度戻って犬に餌をあげてきてもいいかい?」 「ああいいよ。」
 マリオの家は住宅街の中にあり、2階建てのよくありそうなアメリカの家だった。「今は家の人はいない。もう1人の下宿人を紹介するよ。」と、1人の男の人を連れてきた。
 彼の名前は忘れたが、ブラジル人で見るからにゲイだった。なぜ「見るからに」と言うかと言うと、仕草が全て男らしさがなく『柔らかい』のだ。ちょうど美川健一とおすぎを合わせたような感じの人だった。そして犬は何犬かはわからないがドーベルマンのように毛が短かいが大きな人懐っこい犬だった。
 犬の散歩の後僕らはさっそくレストランへ向かったと思ったが、マリオは銀行へ運転した。そして「ちょっと待ってて。」といい、新品の20ドル札を下ろしてくると、「りょう、これを受け取って」とお金を僕に渡した。「はぁ?なんでお金をくれる?」「旅行中なんだろ。お金が何かと必要だろう。旅費にしてくれ。」「まあ確かにお金はないけど、いいよ。いらないよ。受け取る理由がない。」 「いや、これは僕があげるのではない。神様が君にあげるのだ。」 「・・・・」
 それはついこの間も聞いた台詞だった。『神様が・・・』これを聞いては僕は何の反論もできなかった。僕ら日本人は無宗教と言われ宗教を軽蔑・軽視もしくは怪しむ傾向にある。だが僕には宗教がどれだけ大きな存在であるかを認識する。キリスト教の神もイスラムのアラーの神も仏教の仏陀も僕には存在すると言い切れる。だが、それは彼らの中にであり、その彼らの中にある『神』が彼らを突き動かすのである。
 そして僕はマリオの神に感謝した。

 イタリアンレストランはとても流行っていた。僕らは魚料理とピザを頼んだが、前菜に出てきたパンは独特の味でとてもおいしかった。ピザも大きくて食べきれないほどだった。それはスタッフの女の子を呼びつけてとてもおいしいと言うほどだった。
スタッフの女の子に「このパンは何処で売っているんだ?」と尋ねると、「このお店でしか売ってないの。お店で作っているパンだから」との事だった。すかさず、「じゃあ、パンを買いたい。」というと、「ごめんなさい。もう販売用のパンは売り切れてしまったの。」と残念な回答が帰ってきた。
 僕らはおなかをいっぱいで満足して帰る時、スタッフの女の子が「これを持っていって。」と、あのおいしいパンとピザをお土産にくれた。もう僕は大感激だった。
「おお、すごい、すごいよ!ありがとう。これはすっごくHappyだぞ。」と満遍なく御礼を言った。こういう粋な計らいはアメリカならではだろう。
 
 レストランを出た後、マリオはパサディナの観光地をいくつか案内してくれた。かなり昔(たぶん南北戦争時代)の建物や、綺麗な公園だ。
 そしてもう夜の0:00ぐらいをまわっていたので僕らは帰路につく事にした。マリオはユースまで僕を送ってくれたのだが、その道の途中でマリオは僕の太ももをさすり始めた。『そうか、やはりこいつはゲイだったか・・・』と思い、ふとマリオの顔を見ると恋をしている目をしていた。『ありゃ〜』と僕は「やめてくれ」と彼の手を振り払った。
するとマリオは「ごめん。ほんとにごめん」と謝りだした。それ以来、ユースホステルに着くまで僕らは無言だった。
 ユースホステルに着いた時、マリオは「りょう、僕は君のことが好きだ。ほんとに好きだ。付き合ってくれないか?」と告白してきた。当然、「ごめん、むりだよ」と僕は普通に断った。って言うか、ゲイじゃないし。そう、ゲイは真剣だ。純粋だ。
 僕らのゲイのイメージは無理やり犯してきそうなものだが、それは非常に稀だと思う。それは女の人に対してそうする男の人が稀なくらいに。
彼らの恋は僕らの異性に対するものと全く変わらない。ただ、対象が違うだけだ。NewOrlingsのアンドレの友達やマリオを見ていてそう思った。
 
 その後は「じゃあ、僕は行くよ。食事、ありがとう。マリオ」とぐらいの御礼にしておいた。こういう時のお礼を言うのはとても難しい。あまり言い過ぎては誤解を招くし、言わないわけには行かないし・・・

 ユースホステルに戻ると、ホールには数人の日本人がいた。そこにはSanDiegoであったゆきことゆきえもいた。「おお、りょうくん!」「おお、おふたかた」と挨拶して、他の日本人の連中とも挨拶を交わした。「何それ?」とゆきえかゆきこ(どっちがどっちだかわからない)が僕のパンとピザを質問した。
僕は彼らにベニスビーチのパーカンションのダンスの事からマリオのことまで話して聞かせた。当然、みんな爆笑だった。
 「へぇ〜、相変わらずすごいね、」とまたゆきえかゆき子が言った。「まあ、これ食べようよ、みんなでさ。ちょっと飲み物ないの?」と僕は飲み物を要求し、そして新しく見る日本人ともそれぞれ今までのたびの経過を話し合った。その時僕とゆきえとゆき子、カズと言う男の子、兵庫からきたという女の人(この人は旦那さんを家に置き去りにして一人でアメリカに旅行しに来たと言っていた、おたふくみたいな顔をした人だった)、あとの二人の男の子は名前を忘れたがいた。二人の名前忘れのうち一人は和歌山県から来ていると言うやつで田舎者のヤンキーかなにかのようだ。なぜならやたらと悪ぶった見栄を張るからだ。もう1人の男の子は埼玉の子で僕より2,3歳若かった。
 みんないろんな話をしたが、さすがに僕の旅行話にかなうものはいなかった。それはとても自慢だった。

 そして次の日、たまたま朝ご飯の時間が一緒だったゆき子かゆきえのどっちかが(仕事が看護婦さんの方だった)友達になったアイルランド人の女の人とビバリーヒルズへ観光に行くのを誘われ、彼女たちに着いて行く事にした。アイルランド人のその人はやはり名前を忘れたが、「どこ出身なの?」と僕が尋ねると「アイルランドよ。」と答えた。「アイルランド?そんなところあったっけ?アイスランドじゃなくて?」「いいえ、アイルランド。イングランドの隣よ。」「ああ、イギリスね。」と僕が言うと、「違うわよ!アイルランドはアイルランドなの。イギリスと政府が同じだけど国は別なのよ。」と誇りたかげに答えた。『おいおい、政府が同じだけど国が違うなんて聞いたことないぞ。そういう言い方もありなのか!?』と内心思った。
ここでも諸外国の愛国心と民族意識の高さをまざまざと感じた。
 そして夕食はアイランドの女の人も日本人の連中もみんなでよってたかった食事を作り盛り上がった。

 そう、明日は僕と看護婦さん(ゆき子かゆきえのどちらか)と日本人の男の子、アイルランドの女の人がそれぞれ帰国する日だったのだ。

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