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僕が人生で最も困難な時・・・
きっかけ
1998/6。大佐は友達と六本木からのクラブ活動の帰り道。バイク(レッドスコルピオン号)でタクシーと事故に遭う。
そして7月。バイク友達とある静岡の海辺のバイクミーティングに行くことに。
だが、まだレッドスコルピオン号が復活していなかったので、友達の竜二の車にいつもの遊び仲間ジェイミーと向かった。
ミーティングというかパーティに到着
いまだにどこの海岸でパーティしてたのかわからないが、到着した時にはなんと既にミーティングというかパーティは終わっていた!なんてことだ!
しかし、ラッキーなのかどうなのかスタッフの打ち上げパーティに参加することができた。しかも、僕の他の友達数名もスタッフとして参加していたのでまあ問題なく参加することができた。
アクセル全開!
この日の僕はたぶん人生で最もアクセル全開の呑み方をしただろう。夏の夜の海でキャンプファイヤーしながらってこともあって、しかも馬鹿騒ぎする友達がちょうど揃っていたこともあり、とにかく呑みまくっていた。
当然ながら海の飛び込み、走り回り、歌い踊るはやりたい放題。
バイク友達も浜辺をバイクで疾走(これやるとバイクが錆びてぼろぼろになる)
いつもクラブもツーリングも一緒に行動するジェイミーも大暴れ。ガス缶をキャンプファイヤーに投げ込んで爆発させておおはしゃぎだった。
雨ニモ負ケズ
7月だったせいか、突然の土砂降り。ほぼ全員が雨宿りに海の家らしき建物や車の中に撤収する傍ら、僕は・・・天使になっていた。
素っ裸で、車の中に撤収した友達の車の上に乗り、踊り、騒いでいた・・・
雨はたぶん30分程度で止んだと思う。
後半戦
スタッフや友達の中には女性もいたので、ちょっと冷静になってどこかに投げ飛ばしたパンツをやっとみつけて穿いて・・・・と、自分のパンツを見つけたときにちょうど、軍手と麦藁帽子も発見した僕はすかさずそれらを手にまた踊り始める。
海辺の駐車場には何やら怪しげな集団が・・・ここからはかなり酔っていたのであまり記憶にないが、どうやら暴走族らしき集団だった(らしい。友人証言によると)。
しかし、こうなってしまった大佐を止めることは誰にもできない。
その集団の真ん中に走りこんで行ってパンツと麦藁帽子と軍手でマイケルジャクソンのムーンウォークや何やらいろいろ披露していたらしい。
もちろん、大盛況。相当爆笑だったらしい。
その後も砂浜で飲んで歌い踊り狂っていたらしい・・・そして問題の朝が来る
太陽に起こされて
時間はわからない。まわりの人々の話し声で起きた。ここは・・・?
最初、全く状況が把握できなかった。自分の姿も居る場所もまわりの人々も。
僕の周りには時折ぼくをチラッと見てクスクス笑う人々がいる。そしてその人たちは水着だ。それに対して僕はパンツ一枚と麦藁帽子、そしてラジカセを持っているという姿。ここは、静岡のどこかの海水浴場だった。海では子供たちや若い男女が波と遊び、浜辺にはビールを飲む親父、おばちゃん、そしてそのビールを供給する海の家が・・・
この時、まだ事の重大さに気づかず、とりあえず荷物(麦藁帽子とラジカセ)を持って、駐車場の方に。そう、車で着替えなくては・・・と、駐車場に着てみたが、車もみんなのバイクもない。海水浴客の車しかない・・・いや、何かの冗談と思い駐車場を必死に探す・・・が、車はない。竜二の車もジェイミーの姿もない。
気づくとさっき寝ていた砂浜の場所に戻ってきた。人生で初めて絶望感に達した瞬間だった。
コバルトブルーの青空と夏の太陽は、僕を嘲笑してるとしか思えなかった。自分でも軽く笑ってた。冷静に状況を確認した。
持ち物・・・パンツ、麦藁帽子、ラジカセ
場所・・・静岡のどこかの海辺
時間・・・恐らく9時くらい?
これからしなくてはならないこと・・・帰宅
そして、メキシコの事を思い出した。あの時はお金はほとんどない状態だったが、洋服と靴はあったし、着替えもあった。現在地がわからなかったのはその時と同じ。ああ、なんてことだろうか。あのメキシコで左団扇で帰ってきたこのおれが、世界一の先進国であり自分の生まれた国でパンツ一枚の姿からスタートなんて・・・
気を取り直して?というか、なんだかよくわからずにまずやらなくてはいけないこと・・・それは、履物とシャツを何か手に入れること!(なんて原始的な!)
そういえば、バイクで来たやつらはどこにキャンプしてたんだろうか・・・???海辺にはテントがなかったな、と言うことに気づいて海水浴場から少し歩いてみた。すると、バイクが3台止まってるではないか!もしかしてと思い、猛ダッシュ!
やはりその3台はパーティのスタッフだった!
お互いに顔は知ってる仲なので、事情を説明し履物とシャツをお願いする。
まあ、当然、こんな状況、爆笑する以外ないわな。
3人は、「まあ、みんなには話しておいてやるよ!よし、おれのビーチサンダルとシャツをやるよ!あとはなんとかがんばってみろ!」と、何とも心強い応援?
と、3人はそのままバイクで行ってしまった・・・ああ、せめてお金借りておけばよかった。(当時はまだバイクでの高速道路の二人乗りは違法だった)
ともかくも、履物とシャツを手に入れ、何とか現代日本を歩くのにふさわしいカッコウとなった。
ヒッチハイク
さて、これで他の知らない人々に話しかけても何とかなりそうな姿となった。(と、言ってもまだトランクスのパンツ姿なので女の子には話しかけれないが・・・)
次に思いついた手は、ヒッチハイク。メキシコとは違い言葉が通じるので楽だなぁなんて思ったりしてたが、果たしてこの海辺でどうやって???
とりあえず練馬・品川・多摩ナンバーを探した。すると、あっという間に練馬ナンバーの車を発見! ともかくも車の近くで待ってみることにした。
数十分後、車の持ち主が戻ってきてエンジンを始動した!おお!帰るのかっ!
車の持ち主は、30くらいの坊主にめがね姿のちょっとふけた感じのおじさん。
さっそく事情説明すると、ちょっといやいやながらも承諾してくれた!
おお!ヒッチハイク成功!
最悪の僕・・・
道中の僕は最悪だった。今まで乗り物酔いなどしたことないのに、この日ばかりはひどい乗り物酔いで、途中、すきあれば車を止めてもらい、道端にゲロゲロ吐いていた。ところで僕がこのおじさんに頼んだ行き先は・・・竜二の家。とりあえず、服やお財布やPHSの電話を取り返さなければならないからだ。
運転手のおじさんは警察官を目指してたのだという。ま、それはおいといて、僕らは高速道路で一気に帰ることになった。途中、SAで温泉に入ったり、パーティのバイク連中ともたまたまSAの駐車場で出くわしたり。
竜二の家到着
竜二の家に到着した時には日は暮れていた。やつの家には勝手に入る仲なので、すたすたと家に入りやつの部屋へ。
と、すやすやと竜二は寝ているではないか。
「おい、竜二、おきろ、ついたぞ。」と、呼び起こし、竜二は僕を見るなり、「あ?あはははははは!」と大爆笑。
「おおお〜、あはは、どうやって帰ってきたぁ?」と、笑いながら話す竜二。
と、僕がヒッチハイクしたおじさんと竜二と僕はとりあえずご飯を食べにファミレスに向かう。そして、そこでいままでのいきさつを話した。
「いやさぁ、俺達も探してたんだよ!」と、竜二。
どうやら、朝になってもまだ僕が車に戻ってこないので、とりあえず、ジェイミーと竜二は朝マックをするために、マクドナルドを探しに向かったそうだ・・・その間、ちょうど僕は途方にくれてて、彼らが海辺に戻ってきた時には既に僕はヒッチハイクをして出発してたらしい。
そう、ジェイミーは外泊すると必ず朝マックをしたがるのだった・・・いつもツーリングの時、そうだった・・・僕はそのことをすっかり忘れていた。。。
そして、僕の姿がないのでジェイミーと竜二は僕のPHSに電話をしたらしい。すると・・・後部座席から呼び出し音が・・・そして、二人は後部座席を見ると、僕の衣類、お財布、PHSが置いてあるのを見て、爆笑したらしい。
そして二人が達した結論は・・・「まあ、あいつなら何とかして帰ってくるだろう」だったのだ。
この出来事を思い出しながら書いた2006年夏。この出来事が起きてから8年も経過したのか・・・でもこの出来事を越えるような絶望的というか、途方にくれるような出来事はまだ起きていない。というか起きて欲しくないなぁ。
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